1995年07月30日

川崎で切り放し

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平日の朝 川崎で後ろ4両を切離していた 開始当日の様子

1995年7月24日のダイヤ改正から、朝の通勤時間帯の 12両編成特急4本が川崎まで来るようになった。 それまでは神奈川新町で切り離していた。 後ろ4両を切り離していた。

後ろ4両の増結となっているのは、金沢文庫での混雑緩和のため。 快速特急は前4両に増結するためホーム品川よりに増結車両を待つ人達の長い列が出来る。 これに特急の増結を待つ人がぶつからないようにするため、特急の増結は後ろ4両となっている。

1997年10月2日から、平日朝の特急は品川まで12両編成で走り、川崎での切離しはなくなった。土曜の朝の特急が川崎での切離しを行うようになっている。

川崎での切り離しは、現在では平日下りで行われている。が、一部の列車ではうしろ4両を川崎で客扱いを止めて、切り離さずにそのまま新街まで運転する。新町で切り離すが、そのときの運行状況によって、
切り離された4両は横浜より移動、後続の普通車が1番線に入ってから子安より側線に引き上げる
または
切り離された4両はいったん横浜よりに移動しすぐに子安より側線に引き上げる。その間後続の普通車は子安で信号待ち。といった興味深い状況が見られる。


mozaik

切り離された4両は品川方の引き上げ線にいったん引き上げる。2編成分、8両編成にしてから下り列車の合間を見て発車し、生麦の側線で後続列車をやり過ごす。


(1995-07-24 * 1997-11-02)

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