2003年06月30日

黒沢明「赤ひげ」(その2)

今週も「赤ひげ」を語ります。良い本が見つかったので、いろいろ書き出しました。これがものすごい分量で。

赤ひげの風貌がものすごい説得力。 左遷でやってきた若い医師。保本。赤ひげは保本に最初の仕事で、はまもなく死ぬ老人の死を看取らせる。
人間の死ほど荘厳なものはない といわれるが 保本は見てられない。 老人は一人、誰にも看取られずに死んでゆく。醜く死んだ老人がどんな人生を歩いたか。 それは壮絶な人生。

その遺体を引き取りにやってくる娘=根岸明美の十数分の大熱演
娘:「おとっさんはやすらかに死んだんですか。」
赤ひげ:「安らかな死にざまだった」
娘:「生きてても良いことなにもなかったんですよ。死んだときぐらいは良いことなくっちゃ。」と号泣
武田さんの語り、それはその様子が見えるようなスゴイ語りで、ついにアシスタント(文化放送アナウンサー小川 真由美さん)が泣き出きだします。

再び武田さんは語りかけます この映画は物語は人間の心の深みに入っていく。どうしても世の中が面白くなくなったり人が信じられなくなったときに見てください。娯楽としてみてはいけません。見ていて息苦しくなるときになる。

山崎努演じる左八の恋
臨終が間近い。大八車に乗せて長屋に送り返す。長屋の崖が崩れて人間の骨が出てくる。白骨死体こそが恋女房。
そして、回想シーン。雪の日に左八に桑野みゆき演じる「おなか」が傘を貸すシーン28秒。ものすごい雪。これは塩・白綾石 カポック 麩などを、この間3トン。
結婚後数日で江戸の大地震。女房が消えている。浅草のほおずき市でばったり出会う。おなかの背中に乳飲み子がいる。
「幸せにやってるんだね..」「もう会えないんだね..」 ここで、責めるに責められない左八の心情を思いやる武田さんも語りつつ泣き出します。 ああ、もう放送にならない(; ;)

ものすごくつらい恋をじっと我慢してた。では、なぜ殺してしまったのか。これは切ない男の恋。
まとめるだけで何回も泣いちゃった。似たような思い出がある。コンサートで田舎町歩いててて、学生の時、惚れた女が乳母車を押してるのに出会って、武田さんといわれたときに泣きそうだった。
これほど美しいラブシーンを見たことがない。これに保本の心がだんだん変わってくる。

山本周五郎さんは赤ひげを完全無欠のヒューマニストに描かないでくれ。とそういう台詞を言わせてくれ。デモ黒沢は台詞にはしない。赤ひげの過去とは...
映画の中にはそのラブシーンに泣けるのに24年かかるというものもあるんですよ。深い映画はね。

大名屋敷で、巨漢の殿様 病名は食い過ぎ。ダイエット献立を書く。献立を書いただけで診察料50両。
ぼりにぼっていく。撮れるところからはぼってでもとる。そして貧しい親子の病は無料で診てやる。
山本周五郎の要求を台詞で言わせず映像で見せている。

岡場所 闇の売春場所で、これは原作にはない、50秒ワンカットワンシーンの立ち回り。
大アクションシーン。どこの骨がどのように折れたというのを音で表現。
そして、赤ひげの台詞。
「何のためにこんな子供まで苦しまなければならんのか。」
「どういう訳で子供まで苦痛に耐えねばならんのか。」
これはドストエフスキー:カラマーゾフの兄弟 戦争に巻き込まれた子供を見た主人公の台詞と同じ 山本周五郎の作品にロシア文学に匹敵するヒューマニズムがある。

おとよ役を演じた「二木 てるみ」さんと共演する機会があったので、当時のことをいろいろインタビューしてみました。
なんと、メイクアップだけでも2ヶ月から。男におんぶされている。全部カラダをゆだねていない。抱きつくというおんぶではない。崖から落ちかけている子狐が草か何かを掴んでいるような格好。そうした少女の様子はアウシュビッツの少女から学んだんだそうです。
おとよのシーンが涙無くしては語れない

(2003/06/30~07/04 放送)

Source

cover 黒沢明と『赤ひげ』
―ドキュメント・人間愛の集大成 (単行本)

都築 政昭

Amazonの「MARC」データベースより
黒沢映画の集大成とされ、至宝のスタッフ全員の力をギリギリまで絞って、黒沢システムを完遂させた傑作「赤ひげ」。この作品はどのように創られたのかを、出演者、スタッフへの取材を通して解き明かす。

cover 赤ひげ

監督: 黒澤明

Amazonのデータベースより
江戸時代に材を取った山本周五郎小説の映画化。黒澤監督は複数の長屋物語だった原作を大胆に脚色、一長屋の群像劇に凝縮。完成した作品を観た山本をして「原作よりいい」と言わしめた。
江戸時代末期、エリート青年医師・保本登(加山雄三)は心ならずも貧民たちの施設・小石川療養所に配属される。しかし、そこで出会った「赤ひげ」の異名をとるベテラン医師・新出去定(三船敏郎)に感化され、真の人間愛にめざめていく。
山本周五郎の名作を黒澤明監督が2年の歳月をかけて映画化した超大作で、黒澤ヒューマニズム映画の頂点ともいえる名作。貧困にあえぐ人々のさまざまなエピソードから、逆に人間の尊厳が醸し出され、強い希望をもって生き続けていくことの大切さなどが、パワフルな説得力を伴って描かれていく。三船敏郎は本作でヴェネツィア国際映画祭主演男優賞を獲得したが、同時にこれが黒澤映画最後の出演作となる。それはまた、黒澤映画の転換をも促すことにもつながっていった。

cover カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9 (文庫)
ドストエフスキー

Amazonの「MARC」データベースより
物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

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