2008年04月03日

秘密のヘンデル

「ひみつのヘンデルちゃん」ならぬ、'the secret Handel' はマイナーレーベル 'METRONOME'にホグウッドが録音した2枚組のアルバムだ。3台の種類の異なるクラヴィコード(Clavicord)を使い分けて録音している。タイトルに"the secret"と断りを入れているのはもちろん、ホグウッドらしさの一つで、内容はよく知られたヘンデルの作品の様々な異稿を集めたアルバムというわけだ。その真骨頂とも言えるのが2枚目だ。冒頭3曲メヌエットが続いている。なんか聴いたことがあるような感じだなー..と思っていたら、突然知ってる旋律が出てくる。

クラヴィコードというのは微妙な楽器で、本来、ひとに聴かせる楽器ではなく、自分自身で弾いて楽しむ楽器だ。「寝室の楽器」という感じだ。ベッド脇に置いて、寝る前にろうそくの光で一曲弾いて心を落ち着かせ、おもむろにろうそくを吹き消してベッドに入る。そんな自分と音楽の親密さを保つための楽器であるという感じだ。

その楽器を使って、ホグウッドは人に聴かせようという企画をたてた。CD内部にはわざわざ注意書きがある。"クラヴィコードって楽器は70分も聞き続けるような楽器じゃないから、適当にブレークを取って聴いてくれ」と。「音量レベルは適切に絞って聴くように。指が鍵盤に触れる音や楽器そのものが出すメカニカルな音があるがそれは、丁度リュートやアコースティックギターが発する雑音と同じようなものだ。」ともある。

クラヴィコードをひいて聴かせる相手とすれば非常に親密な仲と言うことになる。寝室から居間に持ち出して弾いても、聞こえるのはせいぜい楽器の回りにいる数人だけだ。その数人のためにホグウッドは弾いているのだ。「ほら、おもしろいだろ^_^」と。すぐ横で、コーヒーを飲んだりしながら耳を傾けている聴衆の一人になった私は、ホグウッドの音楽によるヘンデル雑談の一員となるのだ。

そして、その知っている旋律が、よく知っているはずなのに判らない。クラヴィコードから発せられるが故に何か一瞬わからなくなる幻惑感にとまどう。そんな私の姿を見てホグウッドはほくそ笑む。次の曲に行くと、「あっ!、これは水上の音楽!」大編成オーケストラで聞き慣れている旋律であるため、鍵盤曲とばかり思っていたその曲..これは..解説を読むと「水上」のプロットに当たる作品らしい。

まさに全編、こうしたやりとりを楽しむのがこのCDの楽しみ方だ。クラヴィコードは録音が難しいし、音色そのものは艶のあるチェンバロや表現力豊かなフォルテピアノには全く叶わない。だから、一枚目の組曲3番=ムファットによる異稿 のプレリュード..冒頭の「バラバラ」という何とも非音楽的な音に我慢してその世界に身をおいて欲しい。演奏会場でするように、まず身を音に慣らさないと、このCDは宝の持ち腐れになるだろう。

The Secret Handel: Works for Clavichord
George Frederick Handel (作曲), Johann Philipp Krieger (作曲), Friedrich Wilhelm Zachow (作曲)
Christopher Hogwood
METRONOME MET CD 1060
「秘密のヘンデル」
クラヴィコードによるヘンデル作品集
クリストファー・ホグウッド

そうこうしているうちに、クラヴィコード2台を使っての演奏となる。もう一台はデレック・アドラム(Derek Adlam)の演奏..あれーーーこのひとも聞いたことのある名前だ。暫く判らなかったが、ベートーヴェンの交響曲をホグウッドが録音したとき、通奏低音(!)を弾きつつ指揮したが、そのフォルテピアノを作った(!)人物だ。何というカラクリ^^..今回の録音の楽器のレストアも彼が担当している。

そんなわけで、何度も聞き直しているうちに、ある曲では低音だけオクターブ上の音が一緒に鳴っていることや、ある曲では和音が妙なことや、とにかく選曲から演奏から楽器に至るまで、あらゆる謎がちりばめてあって、単純に曲だけ聞きとばす御仁にはもったいないアルバムであるのよさ。

ってなわけで、あなたがもしこのアルバムを持ってらっしゃるなら(きっとお蔵入りになってるでしょうから^^;)、又引っ張り出して、夜寝る前に部屋を薄暗くして聴いてみてはいかが? きっと、新しい発見がありましてよ。

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