2008年08月01日
定刻発車
日本の鉄道はなぜ世界でもっとも正確なのか?
著者の三戸さんが女学生時代、青山通りを走る都電によく乗っていたそうだ。試験の当日、三戸さんの乗っていた都電が事故で止まった。すると後続の電車が数珠繋ぎになっているのを目撃したそうだ。巻末に後書きを寄せているフォトジャーナリストの櫻井寛氏は、すでに彼女は女学生時代に鉄道の宿命を見抜いていたのでは無かろうかと書いている。
そんな訳で、最近の「鉄子」な人の書いたヌルーい内容の鉄道本を想像してもらっては困る。というより、鉄道趣味の高じた男どもの書く鉄道本よりも視点が高い。広い視野から鉄道がどのように日本を支える存在になっていたかを書いている。
参勤交代の大名行列にはダイヤがあった
驚くべき事に、江戸時代の参勤交代には、ダイヤのような時間表が用意されていて、その図面が紹介されている。まさにダイヤそのものという感じだ。大名が領地と江戸を行き来するのは大変な一大プロジェクトであって、あらゆる人がそこに関わってきている。まさに時刻の正確さが求められる事業であったと見抜いている。直接には関係しないかもしれないが、こうしたプロジェクト推進の経験が鉄道事業の経営が日本に入ってきたときに、「これならできる」と日本人が思ったのではないかと推理している。事実、鉄道事業に携わった多くの人々の中には扶持を離れた多くの元武士がいたのだった。
なるほどと思わせる。今まで読んだ本では、鉄道の起源は新橋-横浜間の鉄道開業から始めようとするが、三戸さんは江戸時代の日本の有り様から鉄道が如何に日本に根付いていったのかを解明しようとする。
さらに、鉄道ダイヤの緻密さは、日本の街道整備との関連が深いことを看破する。すなわち、徒歩が旅行の主体であった時代、一日の徒歩の距離を基準に宿場が整備されていた。これが、町々が街道沿いに数珠繋ぎ状態で存在することになり、鉄道の駅間隔も短く設定することになる。これが、馬車が輸送の主体になっていれば、町々の間隔は広くなっていて、駅の間隔も長くなっていただろうという。
駅間の長さとダイヤの緻密さには深い関係があって、駅間が短ければ、列車は頻繁に発車・停車を繰り返すことになる。したがって、小さな遅れが累積すれば全体が大きく狂いかねない。結果として、運転技術を磨いて正確な運行と緻密なダイヤを組まなければ、鉄道事業が成り立たないそもそもの土壌が日本にはあったのだというわけだ。
正確なのは当たり前
次に、日本人気質というか、職人気質を尊ぶ日本人のありようが、ダイヤの正確さをたもち、結果として国鉄改革=JRへの移行を成し遂げたという。そのあたりの細かい事実や証言の積み重ねは、まさに当書の白眉といえる部分でこの辺は実際に、読んでいただくとして、一つだけおもしろい譬えがある。それは「おもちゃ売り場の鉄道システム」だ。デパートのおもちゃ売り場によく展示してある、ぐるぐる回るプラレールなんかで組まれた鉄道システムを、極端な例として引き合いに出してるあたりだ。やはり視点が広いと、目の付け所が違うと思う。
Source
定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか? (新潮文庫) (文庫)
三戸 祐子 (著)
内容(「BOOK」データベースより)
電車が2~3分遅れるだけで腹を立てる日本人。なぜ私たちは“定刻発車”にこだわるのか。その謎を追うと、江戸の参勤交代や時の鐘が「正確なダイヤ」と深く関わり、大正期の優れた作業マニュアル、鉄道マンによる驚異の運転技術やメンテナンス、さらに危機回避の運行システムなどが定時運転を支えていた!新発見の連続に知的興奮を覚える鉄道本の名著。交通図書賞・フジタ未来経営賞受賞。
自律的運行・ハンドル付き列車
最後に鉄道システムの未来について、「正確さを超える」鉄道システムを考察している。「これそこ、まさに読みたかった内容だ!」と思わせる内容をなんと現職鉄道幹部の将来の見通しの中から引き出しているあたりにやはり筆者の視点の広さと、そう、おもしろさを見ることができる。「正確」以上の鉄道とはどんな鉄道なのか、ハンドル付き列車は、どのように、自分で進路を選択するのか。それは読んでのお楽しみ。
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